島田登帆(しまだ みほ)のプロフィール

私の心と体が 嫌がらないもの 喜ぶもの

それを信じ選択をして歩んできました

そして確信が持てたからこそ人に伝えたい

 

島田 登帆(しまだ みほ)

 

1966年生まれ 

牡牛座 白い鏡・白い世界の橋渡し(マヤ暦) 

血液型A スピリチュアル好き・宗教には興味なし

 

2006年~ リンパの学びスタート

2010年~ 霊気の学びスタート

 

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2005年、肘のケガをきっかけに「体ってなんだろう?」という思いが芽生え

それからずっと 体の声に耳をかたむけながら いろんな事を試してきました。

 

たくさんの不思議な導きの中で「リンパ」「霊気」を学び始め、「リンパ」の大切さと、人にはそれぞれの「気」を持っていることを理解しました。

 

そして何より「体」は この人生において唯一の自分のアイテムであり人生のアンテナだということに気づいたことが大きな転換期になったと思います。

 

子供の頃から丈夫とは言えず、痛みに弱く疲れやすい体を不便に感じていたのですが、

霊気を学び始めてから、エネルギーがグルグル回りながら体に入ってくるのを感じたり、触れている相手の痛みと共鳴し自分も痛みを感じたり、またそれを全く感じない人もいるということを知って、もしかしたら不便と感じていた自分の体は、繊細にいろんな事を感じ取り教えてくれる〝ギフト″なのかもしれないと考えを改めました。いわゆるエンパスだったんです。

 


それからは、自分と同じように苦労している方のお役に立ちたい、体の凄さに気づいて欲しい、そしてご自分の体を理解し上手に付き合っていけるようお手伝いできたら、という思いですすんできて今に至ります。

 

また、体に負担がかけず 布だけで胸を固定するキャミソール「包みキャミ」の発案・開発もしました。

自分の欲しいものが探しても無かったので 自分で作ったという感じです。

なるべく体に負担をかけず、楽しく生きていけたらいいなぁと考えています。

 

 


リンパとの出会い


2005年4月、大きな雪の塊が木の枝に引っかかっていて 枝が重たそうに見えたのでスコップで雪を落とそうとしました。その時に雪の重みで右腕がクネッと。その時はそんなに痛くはなかったのですが、肘に違和感が残りました。

 

それから徐々に痛みが強くなっていき、夏ころには重い物を持つのも大変になっていきました。

 

病院が苦手な私ですが、どんどん悪化していく腕をどうにかしなくてはと思い病院へいきました。

最初の病院ではテニス肘といわれ痛み止めとシップとバンドの治療でした。

しかし全く改善は見られず悪化は進行中でした。で、次の病院へ。

 

そこでは炎症を起こしているのでしょうと、注射とシップで治療。

 

ここでも改善は見られませんでした。そしてその頃には自分で服を着たり脱いだりすることも大変になっていて、このままじゃ介護される状態になるのではないかという不安も。

 

望みを捨てずに また別の病院へ行きました。

 

MRIを撮りましたが何の異常も映っていなかったようです。

担当の先生は、私の症状を聞いてMRI写真を見てから即答で「切らないと治りませんね」と言い、肘の関節の隙間に靭帯が挟まっていると説明をしてくれました。

こんなにハッキリ診断してくれたのは初めてです。

そして手術以外の治療は無い!と。

 

でも手術すると1か月近く入院になるらしく仕事を休まなくてはならないことと子供が中2と小6だったので、なんとか手術以外でという思いがありました。

 

最後にもう一度別の病院の診断を聞いてから決めようと考え、また別の病院へ。

 

そこでもやはり、はっきりした原因は解らないですが注射とシップで様子をみましょうと言われ何回か通院しました。

でも肘はどんどん腫れていき痛みも強まるばかり。

前の病院で言われたことを話しましたが原因が解らないのに手術という方法はありませんとのことでした。

 

覚悟を決め前の病院に戻り「手術してください」とお願いし、1週間後なら空いているので手術できますよと言われ「じゃあ、それで」とあっという間に決まり慌ただしく準備開始。

手術日は2006年バレンタインデーでした。

 

ギブスが外れてからの、リハビリはとっても不思議な感覚でした。

顔に手を持っていくのも大変で自分の手じゃないみたいでした。

 

それが日に日にどんどん操れるようになって、あ~赤ちゃんが指すいをできるようになるまでと同じだなぁと思いました。

 

退院後、まだ不自由ながらも仕事にすぐ復帰し、鎮痛剤・化膿止めの薬を飲みながらなんとかやっていました。

 

それから1か月くらいしたころ、知り合いのお見舞いに行った帰りに首が固まり動かせなくなりました。

激痛がはしるので体を横にすることもできず夜もソファに座って過ごしました。

  


 翌日、整骨院に行ったとき先生が私の体に触れていると水晶のブレスが濁ってくると話してくれ、水晶は邪気を吸い取ってくれる働きがあると説明してくれました。

数日後首が落ち着いたころ、以前自分へのご褒美といってクリスタルを買ったことがあったことを思い出しそれを引っ張りだし、仕事に行くときにポケットにいれてみました。

 

そうしたら、自分の心が凪ぎのように静かになっていることにビックリしました。

 

そしてその時初めて自分の心はいつも荒波だったことも知りました。

本当にクリスタルの効果なのか信じられず、持ったり持たなかったりを繰り返し、間違い無くクリスタルの効果だと確信できました。

 

そして心が静かで平穏になると、何か初めてみようかなという気持ちになり、たまたまチラシに入っていた札幌でのリンパの講座に思い付きで申し込みました。

 

講座の参加者はなんと自分を含めたった2人で 講師の方と助手の方とであわせて4人。講座を聞いて、リンパって大切そうだな~とは思いましたが、ジェルやミストを使うので購入しなくちゃならなくて、そんなに乗り気ではありませんでした。

1回目の講座終了後、一緒に参加した方と連絡先の交換でもしようということになり手帳をだしパラパラとしたとき、その方がビックリしたように、○○さんの名前?と。

私の姉の名前だよって話すと 更にビックリして旭川の看護学校の寮で同室だったとのことでした。私もビックリです!

 

そして、講座をちょっと怪しんでいた私に 学んで損はないから続けた方がいいと言ってくれて 何か縁のような物を感じ 続けてみようと思えたのです。

その後、私が持っていたクリスタルと同じクリスタル(鑑定書を確認)を先生が持っているのを知りまたまたビックリ!先生は「石が引き合ってここに来たんだね」と言っていました。

 

これがリンパとの出会いです。

そして本当の私が目覚めた出来事です。

病院の曖昧さ、体を操る感覚、石の不思議さ、健康の大切さ、ケガのお蔭でいろんな事に気づくことができました。 


霊気との出会い


2010年、そのころ私は少しですがリンパの講座などをしたり、健康についてもいろいろな情報に関心を持ち自分の体で実験したりしていました。

 

レイキもそのころ知り、簡単に資格が取れるという講座に参加したところ、チャクラを開いてくれるという内容もありました。

 

受講後 何も変化は感じませんでしたが、少したってから自分の感覚で胃と腸の繋ぎ目あたり?に痛みを感じるようになりました。

そして複式呼吸をしようとしても、そこがネジで留められているかのように、お腹と背中の間を広げることができないことに気づきました。

 

5月、痛みがちょっと辛くなってきた頃、知り合いとレイキの話になったんですが、その方は直伝霊気というものを学んでいるとのことでした。先生も信頼できる方と聞き、霊気のヒーリングを受けることに。

 

頭はグワングワンするし、グルグル渦を巻いてエネルギーが入ってくるのを実感することができ、何より胃のあたりの痛みが消え ネジで留められている感覚がなくなりました。不思議でした。 

それから何度か痛みが出てきたらヒーリングしてもらい、健康にエネルギーも切り離せないと確信しました。

 

 

そして自分で自分を癒せるように、できれば自分の経験を元に他の方のことも癒せるようになりたいと資格を取ることにしました。

 

これが霊気との出会いです。

レイキ・霊気・宇宙エネルギー・自然エネルギー、いろんな呼ばれ方がありますが

私たちに降り注いでいるエネルギーは全部同じだと思っています。

全てのものに降り注がれています。

 


🌠最後まで読んでいただきありがとうございます(^^♪